VTuberのプロデュースを終えたので、知見の総括
はじめに
ここ数年間取り組んでいたプロジェクトのひとつとして、VTuberのプロデュースを行っていた。
本件では、金銭的対価を要求しない代わりに、データ取りのための実験的取り組みに協力してもらうというものであり、これにより様々な実証実験を行った。
この度本件の契約を更新しない運びとなり、本件は満了となった。
契約内容として相互に名前は出さないことになっており、実験に協力していただいた方の名前を出すことはしない。
本研究成果の多くは機密情報であるが、総合的な知見は共有可能であるため、それを共有しようというのが本記事の趣旨である。
知見の共有
初期プロモーション
まず第一に、「女性」「VTuber」という強いフックがある存在を、まともにプロモーションせずにスタートしたらどうなるかということであった。
ただし、この試みはTwitter(X)の仕様に大きく左右されるため、難しいところではある。
結果としては、わずかな視聴者のみがついた。 初期は本当に数人であったため、厳しいスタートであった。 結局、ある程度プロモーションを工夫することで伸び始め、ある程度伸びた段階からは浮き沈みこそあれ勝手に伸びる状態になった。
このことから分かったことは
- 「女性VTuber」がフックとしてかなり強いのは間違いなく、視聴者を獲得しやすい
- ほとんどの視聴者は関連情報としてリーチしており、リーチする位置に情報を設置しないと全く注目されない
- 少数だが新規デビューするVTuberを探している層がおり、Twitter(当時)アカウントを作ってツイートするだけでも多少の視聴者はつく可能性がある
- この場合でも情報のリーチ可能性の問題が立ちはだかる
- 継続的に活動していれば少しずつ伸びていく
浮き沈み
本件を通して「バズる」ということは一度もなかったが、それでもそれなりに大きな浮き沈みがあった。
その要因はほぼYouTubeである。 YouTubeのおすすめ欄に出るようになると一気に伸び、この形で伸びたユーザーの多くは定着しない。
ユーザーの獲得はYouTubeによる露出にほぼ比例する。 この観点から言えば、「頻度高く、少なくとも2時間、できれば5時間以上配信する」が適切な戦術なのだが、これは実際かなり厳しい。 「バズる」余地としては配信よりも動画のほうが向いているため、ブレイクしたいなら動画が必要となる。
しかし実際は動画によるブレイクを自ら積極的に狙っていくのはかなり難しい。 とすると、切り抜き動画はかなり重要な存在だ。 切り抜き動画を容認することは大きなリスクでもあるが、「知られる」ことは伸ばしていく上で不可欠なので、背に腹はかえられない側面がある。
悪意ある切り抜きを作られないためには好意的な視聴者に切り抜きを作ってもらえる環境づくりが必要だが、それは動画に村化のリスクもはらんでいるため非常に難しい。
収益モデル
人気VTuberになると話は違うかもしれないが、投げ銭の収益は低い。 というのも、視聴者はそんなに投げ銭をしないし、一度の額も小さいため、「悪ノリで怒涛のように投げ銭が行われる」というようなことがない限り活動資金を埋められるような投げ銭は発生しないのだ。
活動継続という観点から見ると、主な収入源はメンバーシップである。 本件ではチャンネル登録者数に対するメンバーシップ加入者数の比率が異様に高かったこともあり、個人としての活動であれば成立するように見える額の収益があった。
メンバーシップは投げ銭や広告収入と比べ圧倒的に安定するため、堅実な活動をしていきたいのであればメンバーシップの収益が軸になるだろう。
実際にはあまり展開しなかったが、「物販で稼ぐ」という方法もあると思う。 これはミュージシャンでも「ライブをやって物販で稼ぐ」という手法をとっている人はいるもので、同人グッズのような既存のルートに乗せやすいため展開自体も難しくない。
ただし、大手事業所所属の場合は商業プロダクトに乗せられていたりすることと、同人プロダクトとして流通する場合でも採算性を重視しないことも多々あるといったことから、クオリティと価格の面で割と厳しい争いになる可能性がある。 また、物販でやっていこうとすると契約面の難しさも顔をのぞかせるため、管理の手間が重いと感じられた。
というわけでメンバーシップを中心に考えて運営していくことになるのだが、これもこれで問題が結構ある。
まず、コンテンツを作るための労力は基本的にメンバー向けであってもなくても変わらないため、メンバー向けの特典コンテンツを作るとそれだけ全体向けのコンテンツが薄くなる。
また、メンバーを意識すると「えこひいき」「課金圧」と感じられる可能性があり、意識しなさ過ぎると視聴者はメンバーシップ加入・維持の動機を得られない。 キャストの負担が大きくなりすぎない形で動機を得やすい環境を作り、なおかつ新規視聴者が疎外感を感じず、村化してしまわないように運営していくのは創意工夫が求められるところ。
コンテンツカテゴリ
実験の対象として最も重要だったのがコンテンツに対する反応だが、正直なところYouTubeの気まぐれの影響のほうがよっぽど大きく、収穫は小さかった。
恐らく、登録者数が十分にいて、動画中心に展開した場合はコンテンツの内容による浮き沈みが大きくなるのだろうと思うが、そうでない場合コンテンツによる変動は緩やかなものであると感じられた。 ただし、他も観察した限りでは、「事件があれば」大きく減少する理由になることはあるようだ。
全体的な傾向としては、独自性のあるコンテンツと、ありきたりなコンテンツ(例えばゲーム配信)で比較した場合、競合が非常に多いにもかかわらず、ありきたりなコンテンツのほうが好調であり、独自性のあるコンテンツの場合離脱されやすい傾向が強かった。
これはそもそもありきたりなコンテンツで獲得した視聴者が独自性のあるコンテンツを視聴しようという動機を得られていない可能性が高いが、明らかに「独自性のあるコンテンツで視聴者を獲得するのは難しい」と感じられた。 そもそも、未知のVTuberの配信を視聴しようという動機を持っている層に強い偏りがあり、期待されるコンテンツが非常に限定的なのではないかと考えられる。
さらに、独自性のあるコンテンツというのがとにかく難しい。 これがYouTuberであれば独自性のあるコンテンツを作ることは強い要求であろうと思うのだが、VTuberの場合、VTuberの枠でできることが非常に限られているため相当アイディアを求められ、そこまで苦労しても反響は定番コンテンツより低いため展開する側として 実写枠であればある程度解消可能だろうが、これは私がやろうとしていることとは全く異なるため、実写要素は一切入れなかったのだが、結果としては「独自性のあるコンテンツはかなりきついチャレンジだ」ということになった。
明確な得意分野があり、なおかつそれがスクリーンキャストで対応できるものであれば可能だと思うのだが、その場合もVTuberとしてやるアドバンテージと、VTuberであることのハンデの釣り合いとしてはハンデのほうが大きいと感じられる。 そもそもVTuberでそういうコンテンツ展開はなかなかうまくいかないのでなおさら難しい。
もしやるのであれば、特定の独自路線をずっとやり続けるしかなさそうだ。
ソシャゲ問題と向いているゲームタイトル
ゲームの中でソシャゲの配信は避けたほうが良いというのが、運営中の結論であった。
というのも、まずソシャゲ配信で得られた視聴者はかなりマナーが悪い人が多いため配信が荒れやすくなるのと、視聴者から「毎日プレイしろ」という圧がかけられるため、キャストの負担がかなり大きい。
活動との相性で見れば、単発で始められて、いつでもやめられて、なおかつ流行りものであるのが良い。「スイカゲーム」なんかは非常に向いていると感じた。 プロデュースとしては、キャストの魅力を活かしやすいタイトルを選択することも必要かなと思う。例えばリアクションが魅力なら、リアクションしやすいタイトルを選ぶようなことだ。
マイナーゲームやレトロゲームはすでに知名度が高くないと結構厳しいと感じた。 ここらへんはメジャーな箱向けかもしれない。
定着を狙うなら「なにかをやり続ける」ほうが良く、やめずにずっと続けるつもりがあるのならソシャゲもネタが尽きずに良いかもしれないが、「やらなければならない」という状況になるとキャストのモチベーション低下の問題もあるため、このあたりはどの程度の活動スパンを考え、どの程度人生を捧げるつもりかによって変わってくるだろう。
また、マインクラフトは雑談枠よりも入ってきやすいようで悪くないのだが、個人がソロで活動していく上ではなかなか厳しいコンテンツではある。
ただそれはそれとして、まったり目のゲームで雑談しながらの枠というのは価値が大きく、雑談枠ではなくゲーム枠として取ったほうが基本的には良好な結果であった。 最後までこれぞというものを見つけることはできなかったが、マインクラフトに代わる雑談枠向きのゲームを獲得できればよかったなとは思っている。 これは、ゲームしながら喋れるかどうかは個人の資質によるところもあるので、人によっては特別向いてなくても雑談枠的な扱いをできるゲームはあったりするだろう。
配信 vs 動画
時流に乗って配信中心の活動としたが、可能性の範囲で言えば「配信のほうが楽だし安定する」というのが私の結論。
当然だけれど、動画制作はそれなりに手間もかかるものであり、コストも必要だったりする。 それと比べれば配信は始めるのも簡単だし、頻繁に出せる。
そして動画の場合は広告収益が中心になるが、これ自体が厳しい。メンバーシップ収益を軸にするのが良いという私の結論から見れば、メンバー獲得は配信のほうが良いので、当然ながら配信中心が良いということになる。
しかしブレイクさせたければ動画も必要なので、前述のように切り抜き動画が必要という話になる。
また当然ながら、配信中心にするということは様々な事故リスクについては配慮が必要である。
非オタク向け
非オタク向けのVTuberは私はぜひチャレンジしたい内容なのだが、様々な因果により非オタク向けのコンテンツは本当に伸びないので非常に難しい。 正確に言えばある程度伸びやすいコンテンツというものはあるにはあるのだが、コンテンツの安定供給が難しく、無理してやっても下心が出すぎているコメントが増えたりするのでまた難しい。
こうしたことを避けつつ伸ばそうとすると、「女性配信者である」というアドを活かせないため、その意味でも難しい。 もしかしたらこの困難な道を行きたいなら、男性キャストのほうが向いているのかもしれない。
また、もともとVTuberというものが好きではない人に向けてやっていくのであれば、コンセプトはかなりしっかり固める必要があると感じた。 このあたりのチャレンジはもともとRadio Harukamyで予定していたものだが、チャンネル自体の方向性をしっかりと統一する必要がある関係から、この方向をあまり突き詰めることはできなかった。
プレイヤー資質
VTuberに向いてる人、向いていない人という要素だが、色々思うところはあるが「向いている」という意味では勝負できるポイントは実にたくさんあって、「VTuberになるならこうでないと」というのはあまりないと感じた。 それこそ、プロデュースの腕でなんとかできる話だと思う。
ただ、向いていない人の要素というのはいくつかある。 例えば、気にしぃの人は向いてない。 それなりにメンタル強度が求められるものではあるが、それ以前にメンタル負荷が高くならないことのほうがよっぽど大事だからだ。
また、受け取り手のことを配慮できない人も向いてはいないと思う。 長期的に見たときに、人生に余計な傷を残すことになる可能性があるからだ。 まぁこれは、VTuberに限った話ではなくて、public personとしての自覚の問題だけれども。
VTuberとして活動していく上のアドで言うならば、
- 体の健康的強度
- 喉の丈夫さ
- 不規則生活・睡眠への適性
- マルチタスク能力
- 先回りして考える力
あたりが挙げられるかと思う。
職業としてのVTuber
目の前だけの収益性の話をするのであれば、少なくとも私は自ら選んだ人を自らのプロデュースする形で食べていけるようにすることは十分可能であると考えている。 実際、私がプロデュースしていた人の収益もちゃんと把握はしていないが、専業でも成立するくらいには稼いでいたはずだ。
ただ将来性まで含めるならなんとも言えない。 VTuberという仕事を生涯に渡って続けられる可能性はあまり高くないと思うが、そうでなくともVTuberとしての経験をあまり次の仕事に活かせないという問題もある。
もちろん、個人の中の経験値としては活きてくるので、ここらへんは水商売と同じ感じだなぁと思う。 ただ、稼ぎのスケールで考えると渋めではあるので、「短期間VTuberでがっと稼いで貯金作って」みたいな考え方はまぁ成立しない。
将来に傷を残すリスクはYouTuberよりも少ないが、将来に持ち越せる資産も少なくなるのがVTuberという感じではある。
イニシャルコスト
どこまで含めるかにもよるが、ちゃんと活動していけるような配信環境を整えるという意味ではミニマム30万円くらい。 ビジュアルに関するものは外注する関係上、かなりピンキリである。
PCを揃えるところから始めるという話であれば当然ながらもっとかかる。 スマホで配信することもできるし、なんならそっちのほうが現実的だとすら思うが、それがPCを不要にするわけではない。
商業性のある活動を展開するとなると当然ながら広告宣伝費などもかかるようになってくるので、イニシャル200万円は用意したいところ。 活動スケールが大きくなるほど費用はかかるようになってくるため、事業性のVTuberプロデュースなどを考えるのであれば、かなり先行投資色が強いものとなり、なおかつその回収を個人に依存する形になるため、VTuberの活動コンテンツや権利関係をキャストに持たせるのは全く現実的ではない。
私が考える「VTuber活動」と「VTuberプロデュース」の魅力
VTuber活動の魅力については、私が小説「スペードとメイド」で書いているものと等しくなってしまうが、「自分が何者であるか」とは離れたところにアイデンティティを持てるところにあると思う。
分かりやすいのは容姿醜悪な人が美麗なアバターを用いて人気者になれる、という話だと思うのだが、実際はそれに限らず、逆に眉目秀麗な人がアバターを用いることで同じラインで活動できるというのもあったりする。
私は人は誰しも自分の人生をリセットして別の人生を歩んでみたいと思うことがあるものだと思っているのだが、それは必ずしも今の人生を破棄したいということを意味しないと思う。
普通、人は人生を一種類しか経験できないが、VTuber活動というのは異なる人生を歩む自分を体験する余地があるものなのだ。 それは、現実の自分の人生の出自によってどうやっても叶わなかったような人生であることもあるだろう。
なんなら、自分の人生のあり様を自分で決めたにもかかわらず後悔することだってあるわけで、それを異なるあり様の人生を始められると考えることもできる。
また見方を変えれば、「美麗な姿、好きな年齢で、自分の人生の記憶を引き継いで人生を始められる」と考えれば、昨今流行りの異世界転生モノのようなものだとも言える。
「異なる自分になれる」というだけであればVRChatでもいいように思うが、人生という歴史を紡いでいくには観測者だって必要なわけで、しっかりと確立された活動はVRChatのものとはかなり質を異にすると私は考えている。
そのようなVTuberをプロデュースするということは、自身の知見をフル活用できるものである。 私はかなり幅広い分野に対して知見を持っているほうであるし、色々と研究の成果も持っていたりするが、プロデュースはかなりそれを駆使する感覚があった。
そうして駆使して実現するのは「ひとりの少女の新たな人生を導く」ことであると同時に、「新たなスターを作り上げる演出を手掛ける」ことであり、また「リスナーにとって夢中になれる時間を人生に刻むためのお手伝い」でもある。 これは相当にやりがいのあることで、もしもっと本格的に取り組めたならばもっともっと楽しかったろうと思う。
少なくとも、アイドルのプロデュースの10000倍楽しかった。
それが仕事としてどれだけ成立するかは分からないが、VTuberのプロデューサーという仕事が成立するのであれば、私には相当魅力的なものに思えたのは間違いない。
今後はどうする?
もし、独自性が強いコンテンツで新しいチャレンジをしたいという人で、私のプロデュースを希望するならばやってもいいとは思っている。
だが、実験自体は今回のプロデュースで割と満足しているため、次以降にやるとしたら、収益とチャレンジを軸にしていくことになるだろう。
興味がある人がいれば、声をかけてほしい。 お問い合わせはあばうとのページへ。